『花』

何色の花だったろう シンピジューム 今年も葉のみが生き生き茂る

手をかけて それなりの成果現れるや 花も野菜も 子供たちにも

タンポポの綿毛飛び立つ傍らに 淋しげにゆれる ねぎぼうずかな

足元の ほんの些細な出来事に 私はにわかに吟遊詩人

人は皆 誰に合掌するのでしょう 両手に抱く小さき骨つぼ

爪を切り 髪を刈りあぐる にわか床屋 「また今度ね」と予約をせしに

春が来れば家に帰ると言いいしに たどり着きしは小さな仏壇





  ※ 1999年(H11) 初夏の頃の作品






ついこの間。。
「短歌は明るいこと楽しいこと日常の穏やかな様子を書いた方がよく、
苦しさや悲しいこと暗い事は書くべきじゃない、の様なことを言う人もいるが・・・」と
別の歌会の評を教えて頂いたが、
「また、別の見方では、面白いことばかりもどうか、とも人によって言われる」
ということも教えて頂いた。

それを教えて頂いた方は、
「どちらでもいいと思う。どちらもありだと思うよ。^^」と。

少し辛かったり、何の変化もない面白くもない毎日であっても、
ふと何か発見した時の小さな感動や (楽しい・明るい短歌等)
自分なりの想いを綴る歌 (一見マイナーであっても心響くこともある)
どちらもありなんだと。^^

現在参加している歌会の皆さんは、自由な感覚と発想の方が多くて、
私は嬉しく思います~。^^



上の短歌の後半の三首は詠んでの通り、人の死を詠ってます。
前半の四首は、ほんとに日常の何気ない様子であるのですが、
この頃は子育ての頃で、植物を取り入れてても、自然と子供に結び付いてました。

短歌の連作の題名は、そこに在る歌の中のwordを選ぶのですが、
「花」はどちらにも言えて・・・付けました。

なので、流れに沿って詠んでしまって・・・
「子供?亡くされたの?」と思うかもしれませんが、
(勿論、受け取り方は自由なのですが・・・)
一応、注釈(^^;)言っておきますが・・・
義父の事を書きました。

大人の、それなりの体格があった人でも・・・
今は手に乗るくらい小さいお骨に。。

それがあったので自然に浮かんで来た歌だったなぁ~と
思い出してます。。
(この時期は、義父、実父、義母・・と続いた頃でもありました。)



こうして見ると、短歌って不思議ですね~。
31文字前後の「作品」というよりも、
書いた本人にとっては、やはり「日記」の様なもの。。

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by sino-kotoha | 2013-01-17 08:03 | 短歌 | Comments(0)