カメが目を覚ました時は、もう少年の姿になっていた。。
少年の淡い光をも包み込む光が、その頬に触れている様。。。
今夜は満月。。
その中で ゆっくりと大きく息を吸い込んで、そして吐いた。
海がキラキラと反射して輝いている。
いつものように少年のカメは、海へと潜っていった。。
〝わぁ・・・・・。 今夜は、たくさん取れたァ~~~!〟
開ける貝 すべてに必ず入っていたのだ。 ・・・中には大きいものもある。
〝これなんか・・、お月さまみたいだなぁ~~~。〟
指先で眺めていると、まるで虹色の光も持った月の様。。
海底を見渡した時、貝も たくさんそこに居た。
勿論、むやみには取らない様にしている。。
それでも、掌に載せてみれば、この間よりも数はあり・・優しく輝いていた。
少年のカメは、それらを大き目の貝殻に入れ、大切に胸に抱かえ、
スクッと立ち上がった。
〝今から・・・、これを持って行こう~。 ちょうど いい時間に着くだろな~。〟
その時間なら 誰にも見つからず、これに気付いて貰えるのは朝だろうと・・
そう思ったのだった。。
真珠を落とさない様に ゆっくり歩きながら、
この間の「にいちゃん」との会話を思い出していた。
『いいさ~。真珠のお陰で、だいぶ楽になってるんだ。』
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〝また集めておくね。〟
「いつも悪いな・・・。 俺が潜れないばっかりに・・・。」
〝全然、かまわないよ~。〟
「う・・・ん・・・。 ホントに助かっている。 おっかーは 歳のせいもあってさ、
兄貴が亡くなったのが一番の原因もあって・・、体も無理してたかな。。
長く掛かるんだ。。。
だけど、よく効く薬の・・お陰・・で、助かっ・・・た・・よ。」
〝・・・(?) ・・・(急に聴き取れなくなった。何だ?)・・。〟
「・・よく効・・く・・薬ってさ・・、す・・ごく・・・タ・・カ・・い・・ンだ・・・・・ョ・・。
い・・マ・・・まデ・・・ダッ・・・・たら・・、ゼッタイ・・! 買え・・ナ・・・かったタ・・・。」
・・・どうして、あの時 急に聴き取りにくくなったんだろう?・・・
それでもなんとか聞けたから、いいのかな?と思いながら。。。
「後は・・、滋養の・・あるもの食って、俺に任せて のんびりしろって、
おっかーに・・言ったんだ~。安心して・・もらいたくてさ~。」
〝・・・(やっぱり気のせいか・・・。)〟
「だ・・けど・・・、嫁が・・早め・・に・・・治した方がいい・・と言って・・・る。
薬を・・・・もう・・一度、買っ・・・て・・きて・・・あげ・・ル・・・・・って・・さ・・・。
折角・・の・・カメさ・・ん・・・の・・・好・・意をム・・ダにしては悪いってね。。」
申し訳なさそうに言ってた姿にをみて、カメは言った。
〝気にしないで~~!大丈夫だよ~~!
お星さまと 約束して取って来るだけだから~。
ボクは、深く長く潜れるから~、取って来れるだけだよー。〟
青年は俯きながら答える。。
「俺なりに、・・養って行こうって思ってるんだ・・・けど・・・
・・・・すっ・・かり・・・甘え・・・・て・・しまって・・・・」
〝いいよー。 ボクにできる事をしてるだけ!
それしか出来なくて・・・。 でも幸せになって欲しいから~~!〟
〝ね!! にいちゃん!!〟
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あの時、にいちゃんは聴こえてなかったのかなぁ。。。
にいちゃん・・・、いろいろ考えごとをしていたんだね・・・・・。
そう思いながら、ふぅ~っと溜め息をつき、青年の家の方へと歩いて行った。
家に着くと、奥の方で人が起きている気配もあった。
まだ灯りも灯されている。。
〝・・・ちょっと、早く着いちゃったかな~。〟
普段、重い体で移動しているせいか、
その言葉通り「身軽」になって動きやすい。
この間の人の集まった時とは違って、とても静かな夜の空間が
心地よく安心できた。
少し玄関が開いているようだ。
大事に持ってきた真珠を戸の内側へと、あの日と同じ様にそっと置いた。
〝これで、早く良くなってね。。。〟
コトッと貝殻ごと置いた・・・つもりで、
うっかり あの大き目の珠を転がしてしまった。
少し奥に転がったその珠をそ~っと手を伸ばし拾ってその中に置こうとした。
その時、
「だれ?」
〝!〟
手には、まだ置く前の状態で珠を持っている。
〝(見つかっちゃった~。)〟
少年姿のカメは、ペコっと おじぎしようと思った瞬間・・・!
「・・・! ど・・ド・ロ・ボ・ウ―?! どろぼう―――!! 誰かぁ~~!!」
嫁さまの声を聞いて「にいちゃん」と よく似た初老の男の人が奥から出てきた。
その後ろに遅れて、そっと老夫人も様子を伺っていた。
「大丈夫だ、大丈夫だ!わしが ついておる!」と、青年の父。
「まだ 寄り合いから 帰って来ないのかえ~?」と、母親が訊く。
嫁さまは、警戒しながら、
「もう終わる頃なんだけど・・あ~、早く帰って来てー。」
少年のカメは、首を横に振り・・・軒から後退りしながら、
〝違う!違うよー!どろぼうじゃないよー!・・ボクだよ~~~!!!〟
だが、声が届く事は無かった。
あの「不思議現象」が 始まった夜、〝お星さま〟が言った通り、
今まで 分からなかった人間の言葉が今は声ごと・・何言ってるか理解出来る。
が、自分の言葉は・・・否、声の音を出す事すら出来ないでいた。
叫ぶ事も・・・・・!
〝カメ〟は逃げ出したかった。
だけど、解っても欲しかった!
〝でも・・・!!! 怖い・・・・!!! 〟
体が小刻みに震えていた。。
〝カメ〟は、その場から 後ろに振り返り、走りだした。
と、その時!
何かとぶつかって、〝カメ〟はよろめき尻もちをつくような形で転んでしまった。
「ぅわぁ! な・・何だ?! ・・・おい?大丈夫か?」
その声が、直に耳に伝わって来た。
懐かしい・・・〝にいちゃん〟の声。。
〝にいちゃん――! ボク・・・! ボクだよ――!! ・・解ってー。。〟
少年は口をパクパクさせているだけだった。。
「どうした? ん? 見ない顔だなぁ。 家は何処だ?送ってやろうか?」
少年は、首を横に振るだけ。
「子供が、こんな遅くに・・・。 家で心配してるぞ。」
いつもの笑顔で、手を取って起こそうと 近づいてきた。
〝に・・い・・ちゃぁ~ん・・・。。〟
半分ベソかきそうな顔で、その手を取ろうとした時!
「あなたァ~~~!! その子、どろぼうよ―――!!」
嫁さまの声に、青年は振り向き・・、また、少年を今度は驚いた顔で見、
「あなたァ――! 捕まえて~~!」の声に、青年は悲しい瞳で少年を見ていた。
〝にいちゃ~んー! 解って――! ボクだよ―!〟
どうして? どうして、そんなに悲しい目で見るの~~?
ボクのこと 解って――! 信じて―――!!
〝カメ〟は、心が通じない事が 段々と悲しくなってきた。
〝ボクが、どろぼうと思って、悲しい目をしてるのー?〟
青年は〝こんな子供〟が 盗みを働いてしまったという事に対し、
哀れに思っていたのだった。。
「子供」と言えども どろぼうだ、捕えて厳重に注意をしなければならないと、
〝少年〟の方へ歩み寄ろうとした。
〝カメ〟は、後退りをしながらも、必死で声を出そうとして・・・。
でも その声は出すこと出来ず、喉の奥の焼ける様な痛みが増すだけ・・・。
「ヒぃ~~~! ・・キィ~・・・!! ・・・にィ~~!」
涙が口の端から喉へと流れ込む。
「ヒゃ・・ッ・・! に・・。。 ・・・に・・ にィ・・チャ・・・あ・・ぁ・・・ん・・・。」
首を横に振りながら、後退りはするものの、目は青年の顔を見ながら・・・!
非常に怯えてる子供をどうにかしようと言うのでない・・と 青年はそう思っている。
「怯え」は、もう反省をしているだろうと思ったからだ。。
=「カメさんの折角持って来てくれた真珠を盗もうとしたのよー。」=
=「まだ こんな子供が・・・! 末恐ろしい~~!」=
=「最初が肝心!きつく叱ってやらないと!人様のもんに手を出してー!」=
など・・・いろんな言葉の渦が〝カメ〟に襲いかかって来る。
家の奥から、家族の者が出て来て様子を伺っている。。
青年は、少し厳しい顔をして、〝少年〟を捕まえようとした・・、その時!
〝カメ〟は、サッと立ち上がり その場から素早く離れた。
そして、もう一度 振り返り、力の限り叫んでみた!
『にィ・・チャ・・・あ・・ぁ・・・ん・・!』
青年には、その声は「イヤー!」と聞こえた様な気がした。。
が、何処となく “懐かしい言葉”・・・・・。
=「兄ちゃん?」=
そんな筈が無い、弟は いないのだし・・・と思いなおした。
〝にいちゃん・・・。 気づいてくれない。。〟
〝カメ〟は とても哀しく寂しく・・そして悔しい気持ちも何処かに持ちながら・・、
―― そう・・・、自分自身がとても悔しい・・そんな気持ちを感じながら・・・――
そこから、全力疾走で駆け出した。
「逃げたぞー!!」
「待て――!」
〝カメ〟の目には涙が溢れ・・何度か拳と腕で拭うものの・・留まることなく・・、
目の前が滲んで何も見えない、見れない状態のまま・・、
でも、それでも必死で走った!
確かに 足は速かった。
しかし、途中で何度も躓きそうになり・・何処ともなく血が滲んでいる様子。。
だけど、走った! 海へ向かってー!!
〝こんなくらいなら・・・、ずっと亀のままの方が よかったのかなぁー。〟
〝にいちゃんと、ずっと・・ずっと「トモダチ」で いたかったよォ――!〟
足が速い、少年の姿の〝カメ〟。。
だけど、背のある大人の方が、どんどん 追いついて来る。
このままでは、海へ着くことも出来ない。
そう思った〝カメ〟は、夜道から少し外れ、林の方へと逃げた。
少し太めの木の陰に一旦身を隠し、どうしようか迷っていた。
〝どうしよう・・・。 ・・・木・・・の上?・・・。〟
何故 そんな事を思いついたのか?
亀が木を登るなんて、聞いた事が無い。
登れるかな?・・と思ったものの、躊躇ってる時間は無い。
『人間の手足』を持つ〝カメ〟は、思い切り 蹴り上がる様に
上へ上へと 登って行った。
太く・・、そして高い木であった。
下では、探している様子が感じられる。。
「・・・・・。 見失ったようだよ。。 あの子供も かなり反省してたと思うよ。
さ、もう いいだろう。 帰ろう。。」
「だって、また来たらどうするのー? きちんと、注意しなきゃ・・・・!」
「だから、もう大丈夫だって。。
大人のさ、賊って言うんなら、村総出で捕まえるけどな。」
両親は きっと家で待っている、見張っているんだろう。。
若夫婦で あとを追って来たのだった。
「だけど・・・!だけど、怖いわ!子供でも・・・。」
「あんな小さい子だったじゃないか。 大丈夫だ!俺が居るからいいだろ・・!
もしも、また悪さをしたら、今度こそは きちんと捕まえるよ!」
「カメさんの真珠・・・、狙われてるのかな。。」
「もういいよって、俺からも言っておくよ。 あいつ(カメ)も大変そうだから。。
最近、あまり話さないんだ・・。 疲れてるんだろう~。」
「あ、でも、それじゃ~お金・・・お薬も・・。」
「仕方ないじゃないか・・・。 俺が 働くしー。
どうしてもって時は・・、その時はその時でさ・・・。」
二人の会話が下の方から 静かに空気を伝って届いた。。
頭上には、星たちが輝いている。。
〝お星さま〟に・・、ほ~んの少しだけ近づいた所に居る。。。
〝カメ〟は お星さまを見上げながら・・・
・・・ どうしたらいいのか、分からなくなっていた。。